礼宮さまと川嶋紀子さんのご結婚が正式決定

 礼宮文仁親王殿下(23)と川嶋紀子さん(23)(学習院大大学院生)のご婚姻に関する皇室会議は、12日午前9時から宮内庁特別会議室で開かれ、出席した議員・予備議員9人の全員一致でご結婚を承認、決定した。藤森昭一宮内庁長官は、この結果を天皇、皇后両陛下と礼宮さまに報告したあと、11時から記者発表した。決定は川嶋家にも伝えられ、紀子さんは両陛下などへのごあいさつのため、午後零時45分、両親とともに東京・目白の自宅を出て、同1時20分、赤坂御所に到着した。午後3時からは御所で、礼宮さま、紀子さんおそろいの記者会見が行われる。「結婚の儀」は早ければ来年3月、礼宮さまの留学終了後とする場合は同9月になる見通しだ。

 皇室会議には、皇族議員の常陸宮さま、三笠宮さまをはじめ、海部首相、田村元衆院議長、小野明参院副議長、矢口洪一最高裁長官、伊藤正己同判事、藤森宮内庁長官の各議員と、予備議員の福田一衆院議員が出席した。

 9人は円形になって着席し、午前9時、議長の海部首相が開会を宣言。河部正之宮内庁審議官が「文仁親王殿下が川嶋紀子と婚姻されることについて、皇室典範第一〇条の規定に基づき、皇室会議の議決を求める」と議案を読み上げた。

 各議員には、紀子さんと親族の略歴資料や紀子さんの写真などが配られ、それをもとに藤森長官が、本人の人柄や皇室会議に至ったご交際の経過を説明。議員からの質問はとくになく、議長が採決をとった結果、全員が起立して賛成、閉会が宣せられた。そのあと各議員は議決録に毛筆で署名をし、9時33分、特別会議室を出た。

 この決定を受けて、藤森長官は、赤坂御所を訪れ、10時10分すぎ、両陛下と礼宮さまにそれぞれ報告。ダークスーツ姿の礼宮さまが「塩地の間」で両陛下にあいさつをされた。

 皇室会議の結果は皇太后さまや皇太子さまらにも報告され、川嶋家には侍従から電話で伝えられた。紀子さんと父辰彦さん(49)(学習院大教授)、母和代さん(47)は、礼宮さまをはじめ、両陛下、皇太子さま、紀宮さまへのごあいさつのため、午後零時45分すぎ、宮内庁差し回しの車で自宅を出発。礼宮さまと紀子さんは、午後から記者会見をはさんで皇太后さまや宮家へのあいさつ回りをすることになっており、夜は御所で天皇ご一家と川嶋一家そろっての会食が予定されている。

 ご結婚が決まったことで、今後、結納に当たる「納采(のうさい)の儀」や、挙式の日取りを川嶋家に伝える「告期(こくき)の儀」などが行われるが、これらはいずれも来年1月に昭和天皇の喪が明けてからになる。

 なお、皇室会議議員(10人)は、この日の出席議員のほか、土屋義彦参院議長と安井吉典衆院副議長がいるが、共に海外出張中。参院側は予備議員も海外出張をしているため副議長だけ、衆院側は副議長に代わって福田氏の出席となった。

 ◇礼宮文仁親王(あやのみや・ふみひと) 昭和40年11月30日生まれ。学習院の幼稚園、初・中・高等科を経て63年3月、学習院大法学部政治学科ご卒業。同8月から英オックスフォード大セントジョーンズカレッジの大学院課程(動物学科)にご留学中。皇位継承順位2位。山階鳥類研究所、世界自然保護基金日本委員会、日本動物園水族館協会の各総裁。

 ◇川嶋紀子さん(かわしま・きこ) 昭和41年9月11日、静岡市生まれ。1歳の時アメリカ・フィラデルフィアに渡り、48年帰国して静岡市立中田小1年に編入。東京・新宿区立早稲田小、豊島区立目白小を経て学習院初等科4年に編入したが、52年からオーストリア・ウィーンで再び海外生活。54年9月、学習院女子中等科1年に戻り、女子高等科を経て今年3月、学習院大文学部心理学科を卒業。現在は同大学院人文科学研究科心理学専攻博士前期課程在学中。自宅は東京都豊島区目白1の2の8、学習院第5共同住宅(本籍地・和歌山市)。家族は父辰彦氏(49)(学習院大経済学部教授)、母和代さん(47)、弟舟(しゅう)君(16)(学習院高等科1年)。

(1989年9月12日  読売新聞)

引用元 http://www.yomiuri.co.jp/feature/impr/0609article/fe_im_89091202.htm



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